フルートと笛吹き女の話 (第1話)

「なんか半音低くない!?でもこの音好きやわ~。キレイやわ~。」
私が初めてバロック・フルートに出会った時の感想です。

ぼんぐうをご覧のみなさん、こんにちは!フルート奏者の永野伶実です。
今回のコラムを担当させていただきます。

バロック・フルートのことや私自身のことについて書き綴っていきたいと思いますので、どうか温かい目でよろしくお願い致します。

まず初めに自己紹介をかねて、私がバロック・フルートに出会うまでのお話です。私は現在、大分県立芸術文化短期大学で非常勤講師をしながら、様々な時代のフルートを用いて演奏活動を行っています。

たとえば、ルネサンス期に活躍したルネサンス・フルート、古典派の時代に使われていたクラシカル・フルート、中でも現代のフルートと、バロック時代に用いられていたバロック・フルートを主に演奏しています。現在、“フルート”と言えば金属製の楽器というイメージをお持ちの方が多いと思いますが、1800年代半ばまではフルートは木製の楽器でした。ですので、バロック・フルートは多くの場合、柘植やブラックウッドなどの木でできています。

(現在演奏活動で使用している楽器たち。上からルネサンス・フルート、柘植製のバロック・フルート、ブラックウッド製のバロック・フルート、クラシカル・フルート、モダン・フルート、モダン・ピッコロ、クラシカル・ピッコロ)

京都生まれ、京都育ち、生粋の京女だった私は、一浪の末に念願だった京都市立芸術大学に入学し、寝ても覚めても音楽漬けの毎日を送っていました。

師事していた恩師はよく、それぞれの時代の奏法や解釈の違いの話をされていて、その頃からなんとなくバッハの時代にはバッハの時代の吹き方があるんだなぁと、いわゆる歴史奏法を意識するようになったと思います。

ちょうどこの頃卒業生の先輩が大学に来て吹いてらっしゃったバロック・フルートの音色を初めて生で聴き、「なんかバロックの音楽好き。」と思い始めました。

ですがバロック・フルートを本格的に始めようと思ったのはこの時からしばらく経ってから。

キレイな音がする楽器だな、くらいの気持ちしか持っていなかったのが、私も吹きたい!と思うようになったのは、バロックの音楽ではなく実は現代音楽を初演したことからでした。

大学に入学するまでは、取り組む曲は当たり前に昔から存在していたものでしかなく、楽譜はお店で買うもの、演奏は先生から習うもの、としか考えていませんでした。

大学で初めて作曲を専攻している人たちに出会い、学年が上がると同級生や先輩の書いた作品を初演、再演する機会をいただくようになりました。(ちなみにその中の一人が現在の夫)

作曲した本人からその作品に対しての解釈や思いを聞くことができ、一緒に作品を作り上げていく過程は、刺激的でとても濃い時間でした。同時に作曲家は作品に命を注いでいること、その尊さを演奏する側が後に繋いでいかなくてはならない、ということを深く考えさせられた日々でした。

大好きなバロック時代の作曲家にも当然思い描いていた音があったわけで、それは当時の楽器でしか表現することは出来ないはず。

もうバッハともテレマンとも直接話をすることは出来ないけれど、彼らが思い描いていた音楽を、古楽器と当時の解釈や文化を勉強することで追い求めてみたい。(もうやってる人いっぱいいるけど私も)

と思い始めたのがバロック・フルートを吹きたいという気持ちにつながっていきました。

大学院に進学して偶然友人が使わなくなったプラスティック製の楽器を譲ってくれたことから、私の音楽人生~バロック・フルートと歩む日々編~が始まります。

私が古楽の世界に足を踏み入れたのは、ここが転機だった!というような衝撃体験があったわけではなく、日々の小さな経験の積み重ねでじわりじわりと引きずり込まれていき、ふと気づけばもうどっぷりと後戻りできないところまで来ていた・・・という感じです。笑

ちなみに私の伶実(れみ)という名前は、ピアノの調律師&ピアノ講師の両親が、音楽家になれるようにドレミからとってレミとつけた名前です。“ド”ではなく“レ”から始まるバロック・フルートは、私にピッタリの楽器なんじゃないかと勝手に自負しております。

次回はバロック・フルートを吹き始めてからのこと。そして楽器についても書いていきたいと思います。

永野伶実

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