第2回 <カストラートを歌うカウンターテナー>
こんにちは、歌コラム担当の田尻です。
前回と同様にカウンターテナーの魅力に迫りたいと思います。
その前に「カストラート」について少しお話しておきます。
カストラートとは、少年時の声を保つため少年の間に去勢をした男性歌手のことであり、起源は16世紀後半のイタリア。
当時の教会聖歌隊は男性のみであり、教会内で行われる聖劇の役柄としてボーイソプラノの音域や声質を維持しつつ、テクニックと声量のある成人男性歌手が必要となってきた。偶発的に去勢手術をしたボーイソプラノが声変わりしても声質を保っていた事により、カストラートが誕生した、と言われている。
17-18世紀にカストラートはオペラ舞台で大活躍し、現在にも名を残す有名歌手を輩出した。音域によりソプラノ・カストラート、アルト・カストラートと分かれている。
現在は人道的な理由により、カストラートは禁止されている。
1994年に製作された映画「カストラート」は当時の人気歌手カルロ・ブロスキ、通称ファリネッリの生涯を描いた作品で、この映画のおかげでカストラートの名前は広く知られるようになりました。
映画の中のファリネッリの歌声は本物ではなく、カウンターテナーとソプラノ歌手をミックスして、高音などを表現したそうです。
90年代当時はあの音域をカバーするカウンターテナー歌手はいなかったのかもしれませんが、あれから25年、今やソプラノ・カストラートの音域を歌うカウンターテナーは沢山います。最近ではフィリップ・ジャルスキー、フランコ・ファジョッリ、ヤコブ・オルリンスキなどが有名です。
では早速、最後のカストラートと言われているアレッサンドロ・モレスキの歌声とフランスのスーパースター、フィリップ・ジャルスキーの歌声を比較した動画をご紹介します。
☆アレッサンドロ・モレスキ歌唱
I. レイバッハ作曲 <ピエ・イエズ>
☆フィリップ・ジャルスキー 歌唱
G. フォーレ作曲 <ピエ・イエズ>(動画2:56から)
録音状況の違いもあり(モレスキの動画は元の録音から雑音を取り除き、生の歌声に近いように編集されています)、一概に比較は難しいのですが、カストラートであったモレスキの歌声を少しは感じることができるのではないでしょうか。
フィリップ・ジャルスキーは何度も来日しており、ジャル様と呼ばれて追っかけファンも沢山。かく言う私も彼が来日した際、大阪までコンサートに足を運んでCDにサインをしてもらいました。今も現役バリバリな彼は、数年前にフィリップ・ジャルスキー音楽アカデミーを開設し、子供たちからプロ歌手の卵まで、幅広く教えているようです。
【豆知識】
このアカデミーの本拠地は、ラ・セーヌ・ミュージカルというパリのセーヌ川に浮かぶ島(ルノー自動車工場跡地)に建てられた音楽ホールで、今フランスで大流行中の日本人建築家、坂茂(ばん・しげる)氏の建物です。
カストラートの魅力は声質だけでなく、技巧的な歌唱技術にもあります。ダ・カーポ後に付けた華やかな装飾やカデンツは、歌手の実力を見せつけ、観客を魅了していました。さて、次に紹介する音源はこちら。
G.F.ヘンデル作曲
オペラ「リッカルド・プリモ」より
第1幕リッカルドのアリア「繰り返される嵐に弄ばれて」
舞台は12世紀イギリス。十字軍遠征中に、嵐に見舞われ難破し、離れ離れになってしまった愛するコンスタンツェともうすぐ会える喜びを、軽やかなコロラトゥーラ(技巧的な装飾に富んだ華やかな旋律)で見事に表現しています。
題名の「リッカルド・プリモ」とはイギリスの”獅子心王”リチャード1世のことであり、彼のキプロス島での活躍や結婚を描いたオペラです。
このオペラが公演された時期はジョージ2世の戴冠と重なり、リチャード1世の活躍劇が時勢と相まって、成功を収めました。初演時にリチャード1世役を演じたのは当時、売れっ子カストラートのフランチェスコ・ベルナルディ、通称セネジーノでした。
今回は先程と同様、ジャルスキーの軽やかな歌声をご紹介します。そしてダ・カーポの後の装飾もお楽しみください。
いかがだったでしょうか。何と、この超絶技巧な素晴らしい曲を、12月15日16日に新進気鋭のカウンターテナー、中嶋俊晴さんが福岡にて歌われる予定です。実はこの曲を中嶋さんが歌っている動画もあったのですが、やはりコンセール・エクラタンのオーケストラと共に、彼の生の歌声を皆さまにはお聞きして欲しいので、是非、会場に足をお運びください。
中嶋さんのコンサートの詳細は下記のページをご覧ください。
私も聴きに行く予定ですが、今から本当に楽しみです。それではまた♪
田尻健 (たじりたけし)