アジアでの古楽活動

私は2007年から2016年の9年間、ドイツはフランクフルトに滞在、そのうち最初の6年間はフランクフルト国立音楽大学に在籍して今村泰典氏のもとでリュートを学んだ。それまで演奏していたクラシックギターからは右も左もわからない「通奏低音」の世界に足を突っ込み、先生に「まあ、なんでもいいから弾いてみて」といわれて低音に多少の和音をのせて弾いてみると「そんな音はあり得ない!今まで何を学んできたんだ、こんなことは幼稚園児でもわかる」とのご指摘を受け、まあ適度に受け流しつつ、研鑽を重ねた。古楽器科の他の楽器の学生のアンサンブルに混ぜてもらい、まだ読み慣れぬ数字付き低音をヨタヨタ弾いていると「なんだこの初心者は」と言わんばかりの冷ややかな視線を浴びせられつつも、まあ適度に受け流しながら経験を積み、次第に慣れてゆく中で、常に6つ7つの別々のアンサンブルで弾かせてもらいながら楽譜の山に埋もれる数年間を過ごした。

卒業するころにはどちらかと言うと先輩風を吹かす立場となり、自身の経験を活かしつつ、どんなに慣れていないメンバーにもそこそこに優しさと共感を持って接することができたように思う。大学を卒業してからもリュート奏者は不足していたので通奏低音奏者として新しい学生と次々に共演を重ねた。「ツェー・ゲボイデ(C – Gebaeude)」(C棟)と呼ばれる古楽器科専門のその校舎で得たアンサンブルの経験、知り得た曲の数々、そして出会った多くの学生・友人たちは私の人生においてかけがえのない財産となった。

古楽器科の7割ほどの学生は外国人で、アジア人がその中の3割程度。中国、韓国、台湾、日本からの学生がいた。自然とアジア系の学生は距離が近くなり、校外での交際も増え、お互いに自宅パーティを開いて招いたり招かれたりした。その時にはそれぞれに自分の国の料理を用意し、文化交流を深めた。

そんな学生時代を通し、私はアジア各国に気の置けない親しい友人を持つことができた。

今や彼らはそれぞれの国に帰国し、古楽を通した活動を続けている。そんな彼らが私を自国の演奏会の為に招待をしてくれることで、私は年に1,2度はアジア各地を訪問している。今回はそんなアジア各地での自身の経験をレポートしたい。

初めてのアジア訪問地は台湾。高雄市に住むフルート奏者の友人が運営している「Yun-Schenバロックアンサンブル」の演奏会に共演者として招かれたのが2012年。以降毎年のように訪台している。しかして台湾には古楽ファンがいるのか?という問いの答えは明らかにノーで、首都台北ならまだしも、南国の都市高雄ではほぼ皆無と言っていいだろう。しかし毎回演奏会には200名ほどの聴衆の皆様にご来場いただき、なかなかの熱気の中で終演している。ただそれは私の友人たちの努力の成果であり、彼らは演奏会数カ月前から学校や施設などをボランティアで回り、演奏と楽器紹介をして演奏会の告知をしていた。また演奏会の内容も趣向を凝らし、ある時は創作劇とコラボ(劇作家はチェロの友人)、俳優の卵二名をゲストに迎えて我々も時に仮面をかぶって演奏した。

いつか彼らの努力が報われ、かの地で古楽を愛する人々が増えることを期待したい。

2015年、中国人の友人ヴァイオリニストの招きで四川省は成都を訪れた。幼少から横山光輝の三国志をかじり付きで読んだ私にとってはまさに憧れの地。

諸葛亮孔明の陵墓や劉備・関羽・張飛が義兄弟の契りを交わした桃園を目にした時の興奮といったらなかった。

……音楽に話を戻そう。今回は成都音楽大学における3日間にわたる「バロック音楽セミナー」の為にフランクフルト音大古楽器科楽長、リコーダー奏者のM.シュナイダーと、台湾のフルート奏者の友人、そして私とが招かれ、講義やマスタークラス、演奏会を行った。各奏者に世話役として一人の学生が付くこととなっており、私には日本語を話す作曲家志望の学生がお世話をしてくれた。彼は大変に甲斐甲斐しく私をサポートしてくれて、また大いに彼の大作曲家になる夢を私に語った。中国の学生のなんとポジティブで野心に燃えていることか!もう一つ驚いたのが、成都大学の規模である。さて読者の皆様、当大学には何人の学生が在籍していると思われましょうか?……答えはなんと、2万人!!恐るべし、中国。同年代のリコーダーの講師がいて話を聞くと、彼女が受け持つ生徒数は100名を超えるそうである。しかし残念ながら給料は満足にもらえていないようだ。その傍ら教授級の先生方の車はかなりの高級車ぞろい。その格差にも驚いた。期間中一度だけ(演奏会開演の20分前)、学校長に挨拶に伺った。なんと学長は音楽とは無縁の、元政治家の方だった(要するには〇下り・・・)。長々と新校舎の建設予定の話を聞かされて、そろそろ開演なのでと、そそくさと学長室を後にした。

想像を超える数とエネルギーの力に圧倒されっぱなしだったが、その2万人の学生の中に古楽を志している者は一人としてなく、古楽セミナーというのにチェンバロも無かった。現状決して古楽が普及しているとはいいにくい状況だったが、会期中の熱量は大きく、ひとたび風向きがかわれば数年後にここに古楽の隆盛があってもおかしくないほどの可能性を感じた数日間であった。

3カ国目に紹介するのは韓国。私がフランクフルト滞在中、リコーダー奏者、そしてヴィオラ・ダ・ガンバ奏者の友人を筆頭に「韓国の妹たち」と勝手に言い慣わしていた友人たちがいる。彼女たちは母国の首都ソウルに戻り、「アンサンブルLAON」として活動している。ソウルにはすでにしっかりとした古楽の土壌が育まれており、様々な奏者、アンサンブルが存在するが、今回はとくに2023年に参加した「チュンチョン古楽フェスティバル」を中心に話を進めたい。

かつての大ヒット韓流ドラマ、「冬のソナタ」の舞台として知られる街、チュンチョン(春川)。ソウルから車で2時間、山岳地帯を抜けると現れる韓国の古都である。当時26回目を迎えていた当フェスティバル。初めの7年ほどは当地のリコーダー奏者であるジンヘ・チョウ氏の主導のもと「チュンチョン・リコーダーフェスティバル」として始まったとのこと。フェスティバルの「総ディレクター」は韓国で活躍する一人の古楽奏者にゆだねられ、そのポストは2年ごとに交代するシステム。フェスティバルの内容はその時々のディレクターによって変化するので、マンネリ化を予防する効果もある。海外ゲストの演奏会や、韓国の若手による演奏会、アジアの奏者が集い行われる演奏会など7つのコンサート、セミナーが2週間にわたり行われた。参加している演奏家もさることながら、聴衆の皆さまの熱気がとにかくすごい。熱狂的で、良い演奏があると割れんばかりの喝采である。

また演奏家、聴衆の年齢層が若いことも特徴に上げられる。韓国の友人に言われせれば「日本における古楽の歴史は韓国よりもずっと長いが、韓国はまだまだこれからだから羨ましい」とのことだが、常に新奇に満ちた創作的な企画・演奏会が催されていることは私からすると非常に羨ましい。今後も韓国における古楽シーンは盛り上がりを増してゆくだろう。行くたびに刺激を受ける韓国、今年は2月初頭に赴き、また5月にも訪韓の予定だが、今後も可能な限り訪れたい場所である。

今後も私のアジア訪問は続く予定だが、時折彼らを福岡に呼んで演奏会を企画することもある。2023年10月には台湾からフルート奏者、韓国からリコーダー奏者、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者を招き、「新・福岡古楽音楽祭」に参加してもらったりもした。古楽を通した異文化交流は本当に楽しい。いつの日か、「福岡アジア古楽フェスティバル」を主催してみたいというのが、今の私の夢である。

(執筆:太田)

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