こんにちは、えりPです。
ぼんぐう代表の太田さんからコラムを頼まれたので渋々書いております。入れて欲しいテーマ、「古楽との出会い」・「楽器との出会い」、、、。ん〜、もう半世紀も前なので、記憶も希薄になっております。しかしながら何時認知症が発症するかもしれませんので、その前に『忘備録』として振り返ってみましょう。
<リコーダーとの出会い>
大学入学即「ギターとリコーダーのサークル」に入部するも一年で速攻退部し、鹿児島短期大学フルート科の大栄幸一(おおえこういち)先生と一緒に『鹿児島リコーダーアンサンブル』なるものを結成し、鍛冶屋町教会をお借りしての演奏会や市内の小中学校などで演奏活動はしていました。たいした腕ではなかったので、卒業後は大学専門(数学)の傍系「プログラマー」で生計を立て、リコーダーを吹くことはほぼありませんでした。大栄先生没後十周年だったかの記念会でリコーダーを頼まれ再開してみたものの、驚くほど吹けず、「これはマズイ!」と後輩の本村くんに習い始めたのが10年くらい前。コロナでゴルフにも行けず、暇つぶしに毎日リコーダーを吹いてたら、学生時代より上手くなった気がして「実技だけで行ける音大って無い?」と冗談っぽく知り合いに聞いたら、なんと有ったとさ。
<音大に紛れ込んだ経緯>
自分には『足裏に三粒の米』があり、①数学(数3からやり直し)②英語(ヒアリング力向上)③リコーダー(もっとマシになる)です。実はこの頃(2020年秋時点)、②実現にむけて『西南学院大学文学部英文科』に学士入学を画策中(受験条件TOEIC650点以上)で、秋のTOEICを受けようとしたらコロナ明けの影響で申し込み開始直後満席で受けられず、やむなくターゲットを③に変更したというのが本当のところです。課題曲は「ヘンデルかテレマンのリコーダーソナタ」、幸運にも自分が唯一吹けるソナタが「テレマンのソナタヘ長調」。無謀な企みに一筋の光明が差して参りました。本村くんのもっともな反対(先ず音楽の基礎を固めよ)を振り切り、受験先の古橋先生をご紹介頂き、2020年年末からレッスン開始。同時に『島村楽器』で「ソルフェージュ」と「楽理(黄色本)」の勉強を開始し受験に臨みました。受験本番、「初見」はメタメタ、「実技」は完走。世が世ならば絶対受かるはずの無い音大に、コロナ明け・超少子化・マイナー楽器(すみません、モノの例えです)という幸運が重なり、入学を許されることとなりました。
<幸せな音大時代>
下世話な人たちからは「音大で若い子に囲まれて良いね〜」とやっかみを頂きますが、現実は大分違います。在学3年間を通じて「若い子」から掛けられたお言葉は、「ウエノさん、今度の学祭で古楽器科の宣伝するので、リコーダーの資料作って。」、学祭には誘われておりません。「ウエノさん、今度の部内演奏会でチェンバロ運んで。」、部内演奏会で演奏はさせて貰えておりません。自慢ですが、育った家庭がかなり理不尽でしたので、こんなことは大して気にもなりません。実技では百歩劣るとしてもそれは単なる「1科目」、実社会で鍛えられた「対応力」を発揮し、「和声」・「音楽史」・「音楽学」等々学科はすべてA以上、卒業式ではCD(カレッジディプロマ)を代表し「修了証書」を賜りました。

<ボカロPもやってます>
音大に入った瞬間考えたのが「卒業後どのような音楽活動をするか?」です。自分は他の「若い子」のように専攻科や大学院に行く時間も実力も無いので、修了=活動開始です。そこで音大と並行して始めたのが「DTM(デスク・トップ・ミュージック)」。これは和製英語で、英語ではそのまま「Computer Music」。最初は「ピアノの伴奏音源を作れれば良いかな」くらいに思っていましたが、これがやればやる程奥が深い。極論すると「世の中、ライブ演奏以外の音源(CDなど)で聴こえるボーカル以外の音(オケ、ギター、ドラム諸々)はすべてDTMer(PC上で音楽を制作するエンジニア)によって作られている」のです。しかもボーカルさえも生身の人間ではなく「ボーカロイド(Vocaloid=アンドロイドの歌姫版)」に歌って頂ける由。芸名「えりP」のPは「ボカロ・プロデューサー」のPで、「猛獣使い」ならぬ「ボカロ使い」を意味します。目指すは『限りなく人に近い歌声』です。Welcome to my YouTube site “Lone_Baroque”!
そろそろ頭ぼんやり眼はしょぼしょぼし始めましたので、この辺で失礼致します。ぼんぐう演奏会にてお会いしましょう。演奏会中演奏「ミス」のように聞こえても、それは加齢なる指の震えに起因した「装飾」です。タブン。
おしまい