私とバッハと、フキノトウ 【中川 詩歩】

 私にとって、多くの人にとってのバッハというと、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(J.S.Bach)だ。そしてやはり大多数の人と等しく、私とそのバッハの出会いはピアノのレッスンの時に出会った、右手と左手がこんがらがりそうな紙面上だった。音大時代の副科ピアノの試験で、必須曲だったインベンション。その試験では、演奏途中に一度止まり最初から引き直すこと、を2回繰り返すと不合格になるらしいと聞いて戦々恐々としながら、結局一度止まり、でなんとかクリアしたことを思い出す。

 私の地元には某国立音大にあるサークルのような、バッハのカンタータを演奏する団体があった。そこは広島の音大生により発足し、その後も卒業生たちが関わっている団体だった。小編成のオーケストラと演奏ができる唯一の団体。特にバッハが特段好きなわけじゃないがひとまず入団してみた。歌ってみるとやっぱりピアノと同じく小難しい。でも合唱だけでなくたまにソロをオケで歌わせてもらえる、そんな数少ないチャンスに心が躍ったのだ。

 そうして気がつけば、バッハの作品は、私の約20年の音楽人生で一番歌っている作曲家になっていた。パリに音楽留学したはずなのに、一番歌っていたのはバッハのカンタータで、結局日本に帰った今も、その地元の古巣の団体を細々と運営していたりする。特段大好きってわけじゃなかったはずなのに、いつもそこにいて、いつの間にかその小難しいフレーズを歌うと嬉しくなってしまう自分がいる。

 さて今度のぼんぐうのサロンコンサートは、家族をテーマとしている。バッハの妻であるアンナ・マグダレーナの音楽帳に載った作品から、当時の音楽溢れる家庭の雰囲気を想像することも愉しい。また今回初めてヨハン・ゼバスティアンではない“バッハ”の作品に触れる機会をいただいた。父の背中を見ながら育ち、新たな街や国で、次世代の新しい音楽を作り上げている息子たちの、瑞々しく新鮮で香り高く美しい音楽もぜひお楽しみに。

 色々な曲を演奏しているといつものバッハを歌いたくなる自分がいる。時折現れる小難しさや、ほんのりの苦味。それを欲してしまう自分がいる。大人になった今は素直に美味しいなぁとさえ感じる。春の訪れを告げるフキノトウのように。
 ぜひ春の初めに、色彩豊かな“バッハ”一家の音楽を、お楽しみください。

中川詩歩

 

2024年3月16日(土) 14時開演 (13時半開場)
ぼんぐうサロン vol.18 バッハ一家~音楽史上最高の仲良し夫婦と息子たち
場所:メディアファイブサロン(福岡)
ソプラノ中川詩歩、フルート永野伶実、ヴァイオリン倉田輝美、チェンバロ辛島明美

お申し込みはこちら↓
https://bon-gout.org/ticket-reservation/

 

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